毎日の出来事

毎日の出来事(時事・身辺で起きたこと)に対して思ったこと、または好きなことなどをランダムに掲載したいと思います。 大概は・・事件や、出来ごとに対しての感想(辛口)を書くことが多いと思います。 よろしくです。

まるで狂気の沙汰・・市橋容疑者移送顛末

市橋容疑者東京への「怒号移送」 マスコミ「狂騒曲」の一部始終 (J-CAST)

市橋達也容疑者(30)が大阪市内で逮捕され、身柄は捜査本部のある千葉県警行徳署まで移送された。報道陣も異例の体制を敷き、新幹線には多くの報道陣が同乗し、車内からは、少なくとも3社が生中継した。

東京駅到着後のホームでは、容疑者は、怒号の中で「もみくちゃ状態」。東京駅のホームでは将棋倒しが起きて「キャー!」という悲鳴も聞こえるなど、これまでにない混乱ぶりで、マスコミが演じた、意味のない「狂騒曲」が際立った。
新大阪駅から「大集団」が乗り込む

大阪南港で逮捕された市橋容疑者は、約10人の捜査員に囲まれ、新幹線で身柄を東京に移されることになった。新大阪駅から東京駅経由して行徳署にたどり着くまでの約3時間、各現場は大混乱となった。

容疑者を乗せた新幹線は、新大阪から東京駅に向かう新幹線としては最終便にあたる、「のぞみ58号」。始発は博多駅(18時54分発)で、途中駅にあたる新大阪駅から報道陣を含む「大集団」が乗り込んだ。

市橋容疑者は、21時20分の出発時刻直前に、関係者専用のエレベーターからプラットホームに現れ、「あけて!あけろ!」といった警察官や JR関係者の怒号の中、新幹線に乗り込んだ。この新幹線はN700系と呼ばれる最新型の車両で、市橋容疑者は、11号車にある「多目的室」と呼ばれるスペースに収容された。

通常は、授乳、おむつ交換、着替えや、具合の悪い人が横になるためのスペースとして利用されている。多目的スペースの周辺は、警察官やJR職員がガードしており、近くのデッキは報道陣で「すし詰め状態」が続いた。

新大阪から東京までの約2時間半のうち、名古屋駅を22時10分に出てから新横浜駅に23時28分に着くまでの1時間18分、ノンストップで走り続けるのだが、この間もマスコミ間の競争は繰り広げられた。

少なくとも日本テレビ、テレビ朝日、TBSの3局が、新幹線が高速走行するなか、多目的室脇のデッキから生中継を行ったほか、NHKも「ニュースウォッチ9」の中で新幹線車内の様子を伝えた。

品川駅周辺を走行中の23時40分には、日本テレビの記者が

「JRの職員の方々がですね、こうして我々の(聞き取れず)活動に対して横で大きな声を出される状況がある」

などと、JR側が取材活動を邪魔していると言わんばかりのレポートをするという一幕もあった。
「無法そのもの、ここは法治国家なのかと疑う」

東京駅には、ほぼ定刻の23時45分に到着。ここでも大混乱が起きた。車両からは、通常の乗客と報道陣が降ろされたのだが、乗客はそのまま野次馬になり、ホームの混雑は加速した。一旦ドアが閉じてホーム側のブラインドが降ろされ、市橋容疑者は11号車から先頭の16号車に移動。新幹線が到着してから市橋容疑者が下車するまでに、実に13分もかかった。

市橋容疑者がジャンパーに覆われた姿でホームに降りてくると、容疑者はたちまち「もみくちゃ状態」に。日本テレビが生中継していたほか、複数のレポーターが声を裏返らせながら混乱ぶりをレポートしていた。興奮のあまり、レポートもままならない状態だった。

市橋容疑者は5分ほどで車にたどり着いたが、その間、数回にわたって将棋倒し状態になり、「キャーッ!」という悲鳴もあがった。

車に乗り込む時、市橋容疑者のジャンパーが取れて顔が見え、報道陣のフラッシュが激しくたかれ、ここでも10分程度足止めされた。

この2時間ほどを見ると、市橋容疑者の写真を取ることができた以外は、「混乱した」だけで、新しく判明した事実は皆無だとも言える。

今回の「狂騒曲」をめぐっては、一部の市民メディアなどから、早速「(過熱報道を指す)メディアスクラム」だとの声もあがっている。

「この光景を見て異常と感じたのは私だけだろうか。容疑者段階における男性を取り囲み、怒号を浴びせる、新幹線の改札もお構いなしに突破する。まさに無法そのもの、ここは法治国家なのかと疑う」(2009年11月11日、JANJAN)

市橋容疑者が捜査本部がある千葉県警行徳署にたどり着いたのは、東京駅での混乱から約30分後の0時45分頃。翌11月11日午前から、本格的な取り調べが進んでいる。

[ 2009年11月11日19時23分 ]



マスコミが、「報道」の名のもとに、治外法権のような行動を平気でするさま・・。

正直・・この様子は、私はテレビでは見ていない。
まあ、詳しいことなど放送では流さないだろう。
しかし、この記事を見る限り、マスコミの横道さを露呈していたことは確かなようだ。
しかも、内容的には・・報道しなくてもいいことを流していたような気がする。
その、報道しなくてもいいことのために、無法化してしまった現場の状況だ。
これで市橋容疑者を責められるだろうか?
自分たちも違法行為をしているじゃないか・・。

確かに、殺人や遺体遺棄などはしていないが・・
違法行為に違いはない。
まさに狂気の沙汰を、マスコミが行っている。

リアルタイムに見た映像は・・
まるで、ゴキブリか蟻の集団発生のような光景だった。
実に見苦しい光景・・。


逮捕劇の翌日の今日・・
朝から、顛末を各放送局が競うように映像の使い回しをして流していた。
それを見て、私はやっていないチャンネルに変えた。

もういい・・。

ニュースによると、市橋容疑者は、事件のことを聞かれると途端に黙り込んでしまい、何も話してないということだそうだ。

まともに取り調べができない状況・・。

事の真相がわかるまでには、相当時間がかかりそうだ。

その一方で、ゴシップ誌が流す容疑者の丸裸情報・・。
どんなものが記事になるかは分からないものの・・

今後も憶測記事のオンパレードかもしれない。

明日からの記事も・・
下らないものが並びそうで怖い。


アリコジャパンの漏えい情報、不正利用されていた

アリコ情報流出3万2千件に拡大 最大23万件の可能性 (共同通信)

外資系保険会社アリコジャパン(東京)は11日、顧客のクレジットカード情報が流出し不正使用された問題で、情報流出件数が3万2359件に拡大したと発表した。9月時点では1万8184件と公表していたが、最大約23万件が流出した可能性があるという。情報流出の対象として把握していなかったカードが、最近になって不正使用されたことが判明し、再調査して分かった。

[ 2009年11月11日17時39分 ]

顧客情報流出、最大23万件=中国の委託先社員が不正か−アリコ (時事通信)

外資系生命保険大手のアリコジャパンは11日、顧客のクレジットカード情報の流出件数が3万2359件に拡大したと発表した。9月時点では1万8184件と公表、「これ以上はない」などとしていた。さらに、約46万件の顧客情報に対し不自然なアクセスがあり、流出件数は最大で半数の約23万件に膨らむ恐れがあるとしている。また、中国の委託先の社員から流出した可能性が高いことも分かった。

 流出の可能性がある46万件には、2008年3月頃にクレジットカードで保険料を支払っていた同社の保険契約者の大半が該当するという。

 同社によると、08年3月、中国の業務委託先の一人の社員のIDから、同社のホストコンピューターに不自然なアクセスが複数回あった。同社は「情報流出源である可能性が極めて高い」とみており、中国の捜査当局と連絡を取り、年内にも告発するなど必要な手続きを行う方針。

 同日記者会見した平野哲副会長は「多大なご迷惑、ご心配をおかけし、大変申し訳ありません」と謝罪。流出件数の拡大を受け、「責任を持った形で(社内)処分を行う」と語った。 

[時事通信社]

[ 2009年11月11日17時32分 ]



何だか、開いた口がふさがらない気持ち。

中国人が絡んでいるのも情けないが、漏えいした情報が不正利用もされていたということや、漏えいした情報の数が、カード利用者の大半を占めている点を考えると、この会社のセキュリティはどうなっているんだ?と疑問符がついてしまう。

社内処分ですまされる問題ではないと思うし、中国政府の対応もしっかりしてもらわないと、これが曖昧に処理されてしまうと、日本をバカにしているとも捉えられることになる。


不正利用された顧客への賠償がどうなるのか・・

いったい今後の展開がどうなるのか?

この会社を本当に信用していいのかが、まったく分からなくなってきた気分だ。






市橋容疑者、逮捕報道狂騒曲

<市橋容疑者逮捕>懸賞金1000万円支払い 警察庁初適用 (毎日新聞)

 市橋達也容疑者が逮捕されたことで、警察庁は10日、逮捕に結びついた有力情報の提供者に総額1000万円の懸賞金を貢献度に応じて支払う手続きを始めた。殺人など重要未解決事件に公費で懸賞金を支払う懸賞広告制度の適用は初めて。

 懸賞広告制度は07年5月にスタート。警察庁や関係警察本部のホームページ、ポスターに掲載し情報を受け付ける。期間は原則1年間。原則、容疑者が手配されている場合は100万円、それ以外は300万円が上限額で、特に必要がある時は1000万円まで引き上げることができる。

 リンゼイさん事件は、制度導入直後の07年6月に懸賞対象に指定された。今年6月で2回目の延長となったが、毎月約150件の情報が寄せられ効果がみられるとして、17件の対象事件で唯一、最高額に引き上げていた。

 1000万円の支払先を巡っては、最終的に大阪市内のフェリー乗り場で「似た男がいる」と大阪府警に110番した人物のほか、▽1年2カ月間の潜伏先だったことを通報した大阪府茨木市の土木会社関係者▽整形手術をしたことを通報した名古屋市中村区のクリニック――などが対象となるとみられる。【千代崎聖史】

[毎日新聞11月11日]

[ 2009年11月11日2時30分 ]

「素直に説明してほしい」市橋容疑者の両親会見 (読売新聞)
 市橋達也容疑者の逮捕から一夜明けた11日、岐阜県羽島市に住む両親が同市内で会見し、現在の心境を語った。

 冒頭、父親(58)は「息子にかける言葉はない。亡くなった(リンゼイさんの)命は戻ってこない」と厳しい表情で語った。

 事件発生からの2年半、遺族から送られたリンゼイさんの写真に手を合わせる日々を送っていたといい、「私たちにとっても長い日々だった。申し訳ない」と述べた。

 市橋容疑者について、父親は「18年間かわいがった犬が死んだ時は泣いていた。命の尊さはわかっているはずなのに」と悔しさをにじませた。母親(58)は「私にとっても優しい息子だった」と話した。

20091110-879461-1-N-small さらに、父親は「自分で出頭してほしかった。親としてもみくちゃで護送される姿を見たくなかった」と振り返り、「謙虚に素直にあったことを説明してほしい。自分の行ったことを振り返るのが第一歩だ」と語った。

 両親は最後に立ち上がり、「本当に申し訳なかったです」と深々と頭を下げた。

[ 2009年11月11日11時51分 ]

裁判傍聴で来日も=市橋容疑者に「罪認めて」−英女性両親 (時事通信)
英中部コベントリーの自宅で、改めて報道陣のインタビューに応じた。父ウィリアムさん(56)は「裁判の傍聴に行こうと思っている。警察にも感謝の気持ちを伝えたい」と述べ、日本を訪問する意向を明らかにした。

 ウィリアムさんは時折涙ぐみ、「きょうはわたしたち家族にとって安堵(あんど)の日だ。娘の墓参りをして『彼が捕まったよ』と報告したい」と一言。逮捕された市橋達也容疑者(30)に対しては「直ちに罪を認め、法廷手続きを長引かせないようにしてほしい」と述べた。

 今後の裁判について「裁判所がこの犯罪に対し、(日本で認められた)最高刑を課すことを希望する」と語った。 

[時事通信社]

[ 2009年11月11日10時28分 ]





市橋容疑者の関連のニュース記事が、おそらくもう200は超えているだろうと思われ・・
取捨選択が面倒になってきてしまってます。

その一方で、テレビの方は・・
昨夜から、記者が・・
移送される新幹線の中にまで乗り込んで、中継をするという暴挙に出ていた。
昔ではほとんど考えられない現象だが、今はハンディカメラが有り、また、携帯電話にもテレビ電話機能が有るものが存在するので、それも可能なのだろう。

ただし・・
正直、これはやり過ぎだと感じました。
だって、別に移送中の容疑者のようすなんてどうでもいいことじゃないのか?
それに、容疑者を露出させないように、警察がしっかり防御していて、何も伝える必要が無いものだろうから、静かに移送先の警察で待機していればいいだけのことだ。
この辺に、マスコミの勇み足とでもいおうか(ひいき目に見て)大暴走とでもいおうか・・。
はっきり言って、本当に伝えなければならないことは、これから先の取り調べの経緯の方だと思うわけだ。

それに、まだ本人は、何も話す気になっていないという報道が有るわけで・・。
まだ、捕まったということに若干の動揺もあるだろうし、心に決断するまでにも時間はかかるだろう。

こころを落ちつけて、これまでの経緯を話す段階に達したところで、徐々に話せばいいと思う。

また、これから先・・

マスコミの狂ったような報道がなされるのだろうと思うと、ちょっと飽き飽きしてくる自分もいますが・・

必要な部分だけを、聞きとるように・・自らに課して、決してのぼせない事件の見方をしていきたい・・と思いました。

少なくとも、マスコミの「意図的な煽り」に乗せられないように・・。

それにしても、ご両親の会見・・
本当に最初は大丈夫かな?と思える場面が有りました。
素性を全部晒していたから・・。
今後、どんなバッシングを受けるかわからないのに・・
この世は、良心的な人ばかりではない。
もう、一度知られたからには、手遅れとなるわけで・・
それを覚悟しての顔出し会見なのだろうか・・。

一方、被害者側のリンゼイさんのご家族・・。
気持ちが痛いほどわかるので、胸が苦しかったし、同時にある意味安堵した気分でもあった。


ただ・・
とにかく、取り調べは、始まったばかりだし、おそらくまだ何も話してないだろう。

今後の報道で肝心なのは・・
これまでの映像の使いまわしだけはしてほしくないということ。
憶測で報道しないこと。
事実だけを伝えることだ。

さもなければ、日本の報道の質を問われることになる。

酒井事件のように・・。



市橋容疑者、大阪府警が死体遺棄容疑で逮捕

市橋容疑者、大阪府警が死体遺棄容疑で逮捕 (読売新聞)

千葉県市川市で2007年3月、英会話学校講師の英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)の遺体が見つかった事件で、大阪府警は死体遺棄容疑で指名手配されていた市橋達也容疑者(30)を10日夜、大阪市住之江区の大阪・南港で身柄を確保、同容疑で逮捕した。

 府警によると、「市橋容疑者に似た男がいる」との110番を受け、午後7時頃、捜査員が南港のフェリー乗り場に駆けつけたところ、市橋容疑者とみられる男を発見した。男は捜査員に対し、「市橋です」と話し、自分が容疑者本人だと認めているという。

 ホーカーさん(当時22歳)は3月26日、市橋容疑者の自宅マンションのベランダで死んでいるのが見つかった。市橋容疑者は遺体発見の直前、職務質問中に逃走した。千葉県警は市橋容疑者を死体遺棄容疑で指名手配し、警察庁の公費懸賞金制度の対象となった。市橋容疑者は逃走中、大阪、名古屋、福岡などを転々として顔を整形していたことが明らかになっている。

[ 2009年11月10日20時36分 ]

<市橋容疑者>大阪市内で逮捕 死体遺棄容疑 (毎日新聞)


千葉県市川市で07年3月、英会話学校講師の英国人女性、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)が殺害され遺体で見つかった事件で、死体遺棄容疑で指名手配されていた市橋達也容疑者(30)が10日、大阪市住之江区内で逮捕された。市橋容疑者は先月下旬、名古屋市内で整形手術を受け、千葉県警行徳署捜査本部は11月5日に最新の写真を公開して情報提供を求めていた。

 県警などによると、10日夕方に大阪市内から「市橋容疑者に似ている男がいる」と110番があり、警察官が駆け付けて男に職務質問したところ「市橋です」と認めた。男の身柄を大阪府警住之江署に移し、指紋で市橋容疑者と確認した。市橋容疑者は大阪・南港から那覇に向かう予定だったという。

 逮捕容疑は07年3月下旬、当時住んでいた市川市福栄2の自宅マンションのベランダに置いた浴槽内に、リンゼイさんの遺体を遺棄したとしている。捜査本部はリンゼイさん殺害についても何らかの事情を知っているとみて調べる。

 指名手配を受けた市橋容疑者は2年7カ月余りにわたって行方をくらませていたが、先月24日に名古屋市内のクリニックで鼻の整形手術を受けていたことが、クリニックの通報から判明。捜査本部が今月5日にクリニック訪問時の写真を公開すると、新たに▽08年8月から約1年2カ月にわたり大阪府茨木市の土木会社の寮に住み込みで働いていた▽名古屋で整形手術を受けた前後、市橋容疑者とみられる男が福岡市内のインターネットカフェなどに立ち寄っていた――などが分かり、各地に派遣された捜査員が行方を追っていた。

 捜査本部によると、リンゼイさんは東京都内の英会話学校で講師を務めていたが、07年3月26日午後、行方が分からなくなったとの連絡が勤務先の職員から県警に寄せられた。千葉県船橋市のリンゼイさんの自宅から市橋容疑者の電話番号や名前の一部などが書かれたメモが見つかったことから、捜査員が26日午後9時40分ごろ、市橋容疑者の自宅を訪れて玄関前で職務質問をしたところ、市橋容疑者は逃走した。

 捜査員は市橋容疑者宅のベランダに置かれた浴槽からリンゼイさんの遺体を発見。浴槽には砂が敷き詰められ、遺体はひざを折り曲げるように埋められていた。司法解剖の結果、リンゼイさんは25〜26日ごろ首を強く絞められ殺害されたとみられ、顔や手足に殴られた跡もあった。県警は翌27日に市橋容疑者を指名手配していた。

[毎日新聞11月10日]

[ 2009年11月10日19時32分 ]


7時過ぎのニュース速報で、市橋容疑者の身柄確保のニュースが入りました。
さすがに、最新の写真の公開が一番効果が有ったようです。
何と言っても、きっかけが110番通報ということで、最新の写真を公開してなかったら、このたびの身柄拘束はあり得なかったと言っていいでしょう。
容疑者は、整形を重ねていたわけで・・
以前の指名手配写真のままだったら、まんまと逃げられていたことは間違いないでしょう。

ただ・・
市橋容疑者は、犯人と決まったわけではない。
事情聴取をしようとしたときに逃亡を図ったということで、取り調べはこれからだ。
とはいっても、これまで逃亡していたことで、逃亡罪が課せられるのは避けられない。

あとは、今後の取り調べ次第ということ。

現在は、新幹線で身柄を送られている最中のようで・・
おそらく明日から、正式な取り調べが始まることだろう。


今回の逮捕劇・・まさしく、最新の写真の公開による110番通報のお手柄。
今後も、警察は隠すことなく、情報を提供してほしいと、つくづく思った次第だ。



芸能界の真の大御所、森繁久弥さん死去

俳優の森繁久弥さんが死去 (読売新聞)

映画「社長」「駅前」シリーズや舞台「屋根の上のヴァイオリン弾き」などで親しまれ、大衆芸能の分野で初の文化勲章を受章した俳優の森繁久弥(もりしげ・ひさや)さんが10日午前8時16分、老衰のため亡くなった。

 96歳だった。告別式は未定。喪主は次男、建(たつる)氏。

 大阪府枚方市生まれ。早大商学部に在学中から演劇活動を始め、中退後、下積み俳優として東宝劇団、古川緑波一座などを渡り歩く。1939年、NHKにアナウンサーとして入局し、旧満州(現中国東北部)の新京中央放送局に勤務した。

 戦後、新宿の「ムーラン・ルージュ」などの舞台に立った後、映画界に進出。「三等重役」「夫婦善哉」や「社長」「駅前」「次郎長三国志」シリーズなどに出演し、人間味あふれる独特の森繁節で幅広い人気を得た。

 後年は舞台活動に力を入れ、20年に及ぶロングランとなったミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」のテヴィエや、「佐渡島他吉の生涯」の他吉などを当たり役とした。

 テレビやラジオでも活躍する一方、自ら作詞・作曲して歌った「知床旅情」をヒットさせ、「アッパさん船長」など数多くの著書で多才ぶりも示した。

 日本映画俳優協会や日本喜劇人協会の会長、日本俳優連合名誉会長などを務めた。91年に文化勲章受章。

[ 2009年11月10日19時50分 ]

<訃報>俳優・森繁久弥さん96歳 芸能界の全分野で活躍 (毎日新聞)

20091110-876001-1-N-smallラジオ、映画、テレビ、舞台、歌と戦後の芸能界の全分野で活躍し、古典芸能以外のジャンルで初めて文化勲章を受章した森繁久弥(もりしげ・ひさや)さんが10日午前8時16分、老衰のため東京都内の病院で死去した。96歳。

 大阪府枚方市生まれ。早稲田大商学部に在学中から演劇研究部に所属。2年生の時、東宝新劇団に加わり、大学を中退した。その後、東宝劇団やロッパ一座に入り、劇作家・演出家の菊田一夫や俳優の山茶花究(さざんかきゅう)らと知り合った。

 1939年にNHKのアナウンサーになり、中国の新京放送局に勤務した。46年に帰国し、47年に東宝映画「女優」の端役で映画デビュー。48年に菊田一夫作の舞台「鐘の鳴る丘」(有楽座)に出演し、軽演劇で人気を集める一方、50年からNHKラジオの「愉快な仲間」に出演した。

 52年には映画「三等重役」でスターの地位を確立した。この映画のヒットで、「社長」シリーズという東宝映画のドル箱シリーズが生まれ、さらに「駅前」シリーズにつながっていく。「サラリーマン時代」「レジャー時代」と呼ばれた世相を描いた娯楽映画で、森繁さんの軽妙な芸が生きた。

 一方、文芸作品でも「警察日記」「夫婦善哉」「神坂四郎の犯罪」などに出演し、代表作となった。57年にNHKラジオの「日曜名作座」がスタート、長寿番組に。ここでは森繁さんの話術が生かされた。

 59年には淡島千景さんと自由劇団を旗揚げし、舞台で「夫婦善哉」「佐渡島他吉の生涯」などを上演。62年に同劇団を解散し、本人1人が座員という森繁劇団を作って、東宝系の劇場や明治座などで公演を続けた。

 67年にはブロードウェー・ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」で主役を初演。75年の再演から爆発的な人気を呼んだ。

 テレビにも積極的に出演し、「七人の孫」「だいこんの花」などのホームドラマ、年末年始の長時間ドラマなどで硬骨な役を演じ、幅広い演技力を見せた。

 また、「森繁節」といわれた滋味のある歌唱で、歌謡界でも活躍した。ラジオの「愉快な仲間」で「酔っ払いの町」と「銀座の雀」を初めて歌った後、「船頭小唄」、自ら作詞・作曲した「知床旅情」などをヒットさせた。

 文筆では軽妙なエッセーを得意とし、「こじき袋」「アッパさん船長」「森繁自伝」「隙間からスキマへ」など著書多数。福祉事業「あゆみの箱」に力を入れるなど、隠れた篤志家でもあった。ヨットが趣味で、91年には自艇「めいきっす3世号」で日本一周航海を達成した。90年、妻の万寿子(ますこ)さん(森繁杏子のペンネームでエッセイストなどとして活躍)を亡くした。

 勲二等瑞宝章、毎日芸術賞、NHK放送文化賞、紫綬褒章など受賞多数。

[毎日新聞11月10日]

[ 2009年11月10日20時4分 ]


私が想像するに・・

森繁久弥さんこそ、芸能界の真の大御所と言って良い人物だと思う。

日本の芸能界で、すべてのメディアで活躍した人物は、そう多くはいなかったように思う。
その中の、数少ない人物の一人だった方が、この世を去った。

語り尽くせば、きりがないわけで・・
いろんな場面が脳裏をよぎります。

96歳での大往生。

謹んでご冥福をお祈りいたします。
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