「あの素晴しい愛をもう一度」加藤和彦さん自殺 (読売新聞)

17日午前9時25分頃、長野県軽井沢町のホテル客室の浴室で、東京都港区六本木、音楽プロデューサー加藤和彦さん(62)が、ロープのようなもので首をつって死んでいるのを、従業員と軽井沢署員が見つけた。

 目立った外傷はなく、室内には音楽全般に対する悩みなどをつづった遺書が2通残されていた。同署では自殺とみて調べている。

 発表によると、加藤さんは16日、1人でホテルを訪れ、本人名義で宿泊。17日朝、加藤さんの知人女性(34)から、宿泊を確認する内容の電話があり、ホテルの担当者が内線電話をかけたが、応答はなかったため、軽井沢署に通報した。

 捜査関係者によると、2通の遺書は、音楽関係者とホテルあてで、印字されており、宿泊前に用意されていた可能性が高いという。

          ◇

 加藤さんは京都府生まれ。1965年に「ザ・フォーク・クルセダーズ」を結成、67年に発表した「帰って来たヨッパライ」で一世をふうびした。朝鮮半島分断の悲劇をテーマにした「イムジン河」は発売中止になった。

 グループ解散後、北山修さんとのコンビで71年に発表した「あの素晴しい愛をもう一度」は、現在まで合唱曲としても親しまれている。また、ロックバンド「サディスティック・ミカ・バンド」を結成し、73年に初アルバムを発表。海外でも公演し、日本のバンドが世界進出する先駆けとなった。妻だった作詞家の安井かずみさんとのコンビで作曲した作品も多く、市川猿之助さんのスーパー歌舞伎の音楽も手がけるなど多彩な活動で知られた。

 2006年にはボーカルに木村カエラさんを迎え「ミカ・バンド」を再開したほか、坂崎幸之助さんと組んだ「和幸」などで活躍。今月行われた松任谷由実さんのコンサートにゲスト出演、元気な姿を見せた。来月5日に、大腸がん撲滅のためのチャリティーコンサート出演の予定もあった。

[ 2009年10月17日19時52分 ]

<加藤和彦さん死去>軽井沢のホテルで首つる 部屋に遺書  (毎日新聞)
20091017k0000e040056000c-small17日午前9時25分ごろ、長野県軽井沢町のホテルから、県警軽井沢署に「宿泊客と連絡が取れない」と通報があった。署員と従業員が部屋に入ったところ、歌手の加藤和彦さん(62)が天井の梁(はり)から首をつって死んでいるのを発見した。

 同署によると、部屋には遺書のようなメモがあった。目立った外傷はないことから自殺とみて調べている。

 加藤さんは65年に結成した「ザ・フォーク・クルセダーズ」のリーダーとして活躍。「帰ってきたヨッパライ」が大ヒットする一方、朝鮮半島の南北分断に触れた「イムジン河」は発売中止となって話題を呼んだ。解散後、作曲も手がけた71年の「あの素晴しい愛をもう一度」も大ヒットした。72年に「サディスティック・ミカ・バンド」を結成した。

[ 2009年10月17日15時32分 ]



今の段階では、遺書が有ることでの「自殺」ということしかわかっていないが・・。


なぜ、死ななければならなかったのか?
それが本当に疑問だ。

音楽全般に対する悩み・・という表現に何が隠されているのか?

それが、加藤さんの個人的なことに対する悩みなのか、音楽業界全体に対する悩みなのか・・。

それが、なぜ死につながったのか?

本当によくわからない動機付けだと思う。

今は、ただ・・ご冥福をお祈りするしか、やりようがないです。

遺書の内容の真意を究明することが、関係者のこれからの急務だと思いました。